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病院の一角にある公衆電話。
私は番号のボタンを押していた。

「・・・もしもし、恵一?」
『・・・七海?どうしたんだよ急に。』
「さっき恵一が言ってた事の意味が漸く判ったの。」
『・・・おい、まさかそれって・・・』
電話の向こうで恵一は絶句した。

「多分恵一が思ってる通りだと思う。
だから・・・本当の事をちゃんと伝えたい。
今から逢いたいんだけど、時間ある?」
『判った。必ずお前に逢いに行く。』
「じゃあ、私は『あの場所』にいるから。」
そう言って、私は受話器を置いた。

そして私はそっと病院を抜け出した。
周りの人に止められる訳にはいかない。
どうしても今逢わなければ・・・私には時間が無い。

「あの場所」に向かい、私は走っていく。
陽も傾いてきているが、気にしていられない。
未だ残る倦怠感を乗り越え、私はひたすら走り続けた。

そして私が辿り着いた場所・・・それはいつもの駅だった。


「あ・・・」
そこには既に恵一がいた。

「結構早いじゃないか、お前の割には。」
「まあ・・・ちょっとは急いで来たからね・・・」
未だ微妙に息が切れているため、私はなかなか言葉が上手く出て来ない。

「・・・」
「・・・」
暫くの間無言の時間が続いた。

「・・・じゃあ、そろそろ本題といこうか。」
敢えて私から切り出す事にした。
「・・・あぁ。」
恵一も覚悟を決めたらしい。

「恵一の言った通りだったよ。私は・・・『黒澤七海』じゃなかった。
今から私の見出した答えを言うから、合ってるかどうか確かめてね。」
その時、恵一は何も言わずに私の目を見ていた。

「今から4年前、私と恵一は中学のクラスメートだった。
その時私はクラスに馴染めなくて孤独だった。
でもそれが少しだけ変わったのがある日私が体調を崩した時。
恵一が1回だけ私の目を見て心配してくれたんだよね。
それ以来ずっと密かに恵一の事が好きになった。
だけど私は弱気だったから告白する勇気も無かった。
そして結局何も出来ないまま、孤独に耐えられなくなった私は4年前の今日に此処のホームから飛び降りた。
それから今日までの間の記憶は無い・・・気付いたら今日の朝になってた。
目の前にいた・・・駅の椅子で眠ってたこの身体に入り込んだ。」
「・・・そしてお前は七海になろうとした。」
「うん、その通りだよ・・・」
そこで1度会話が途切れた。

「このまま気付かないで七海になってしまいたかった・・・
そして人生がやり直せたら良かったのに・・・」
「でもやっぱりお前はお前、七海は七海だ。
お前は決して七海にはなれない。」
恵一はきっぱりと私に言い放った。

「どうして?」
「まず第一に、お前は俺の事を恵一とは呼ばなかっただろ。
その身体には例えお前の魂が入ろうと七海の自我が宿っている。
これはきっと誰にだって言える事だ。
それに、もしお前がこのままずっと過ごしてたら本当の七海はどうなる?
死んでる奴が此処にいて、生きてる奴がいないなんて理不尽過ぎるぞ。」
「・・・」
私は何も言えなくなってしまった。

「でも・・・」
「・・・でも?」
「俺がもっとちゃんとしてたら・・・こんな事にはならなかったかもしれない。」
「え?」
「実はあの時から薄々感付いてたんだ。
お前が時々俺の事を見てきてたから。
何か一声でもかけてやれば良かった・・・
あの時俺は『弱い奴だ』と思って見捨てちまった。
でもお前にとってそれは重大なSOSだった。
それに気付いたのはお前がいなくなってからだった・・・」

「・・・でもね、そう思ってもらえるだけでも十分幸せだって、今判ったの。」
「・・・」
そして、私はそっと恵一に抱きついた。

「ありがとう、恵一。今でも・・・好きだよ。
これは本当の『私』自身の気持ちだから・・・」
「そうか・・・」
「それと・・・私、多分もう少しで此処にいられなくなると思う・・・
何だか凄く心が軽くなる心地がするの。
きっともうこれで私の心残りは無くなったから・・・」
「・・・」

私達は暫く無言だった。

「もうそろそろかな・・・」
「これで、終わりなんだな・・・」
「うん、じゃあ・・・ね。」
「あぁ・・・じゃあな。」
敢えて「さよなら」とは言わない事にした。
そして、私は街の光の中へと溶けていった。

―――頑張れよ。俺も頑張るから。
そんな恵一の声が、私の中に響いた気がした。
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